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広尾 晃 スポーツライター
今年の慶應の優勝に隠れた高校野球の大問題
今年の「夏の甲子園」は、慶應義塾高校の優勝で幕を閉じた。名門校の優勝というだけでなく、慶應ナインの髪形や、応援のあり方などさまざまな話題がメディアをにぎわせた。
しかしその反面、高校野球に深刻な事態が進行していた。今季の夏の甲子園の実質的な予選である各都道府県選手権大会への参加校が40年ぶりに3500校を割り込んだのだ。
10校に1校が甲子園予選に出場しない
地方の高校では部員数の減少が顕著だ。これまでは、部員数が9人を割り試合ができなくなると、その高校は自動的に出場できなくなった。日本高野連は、こうした高校を救済するために2012年の夏の大会から「連合チーム」での公式戦参加を認めた。これによって参加校数を維持しようとしたのだ。
しかし「連合チーム」は、合同練習は週1回程度で、各校の練習環境は劣悪なため、公式戦に参加しても初戦で敗退することが多い。
夏の甲子園の参加校数は主催者が発表しているが、これとは別に日本高野連は「加盟校数」を発表している。夏の甲子園の予選に出場するしないに関わらず、各都道府県の高野連に加盟し、加盟料を支払っている高校の数だ。
例えば1990年の加盟校数は4045校で、夏の予選に出場したのは4027校だった。当時は連合チームの制度がなかったから、加盟校の99.6%が予選に出場し、18校だけが何らかの理由で出場を断念していた。
しかしこの比率も近年、急速に下がっている。コロナ禍直前の2019年は加盟校数3957校に対し出場校数3730校だったので、予選出場率は94.3%だった。
今年は加盟校数3818校に対し、出場数は3486校。予選出場率は91.3%だ。およそ10校に1校が、高野連に加盟しながらも夏の予選に出場していないことになる。
バスケ4190校、卓球3859校、野球3486校
今や全国大会予選に参加できる学校数で言えば、野球の3486校は、バスケットボール(4190校)、サッカー(3842校)はおろか卓球(3859校)よりも少ないのだ。(野球以外の数字は【令和5年度全国高等学校体育連盟 加盟・登録状況(男子)】(※1)による)
(※1)https://www.zen-koutairen.com/pdf/reg-reiwa05.pdf
夏の地方大会が始まると、試合会場ではパンフレットが販売される。そこには加盟校と全選手の名前が記されているが、中には学校名だけあって選手名が記されていない学校もある。おそらく学校側は部員数0でも加盟料を支払っているのだろうが、そういう「幽霊野球部」もあるのだ。
連合チームは、部員数が少ない学校にとってとりあえずの救済策にはなるが、ただ試合ができるだけであって、それ以上のものではない。1970年から段階的に高野連への加盟が認められた通信制高校も、選手が学校に集まる機会が少ないために練習ができないことが多い。
中には高校野球をするために作られたクラーク記念国際のような通信高校もあるが、多くは形だけ公式戦に参加しているのが現状だ。部員数が充足していても、練習環境や指導者に恵まれず、初戦突破が長くできていない学校もある。その多くは公立校だ。
実力差が大きいと試合そのものが危険
一方で、有力私学と言われる学校は、専用のグラウンドや室内練習場、筋トレ施設などを持ち、多くは夜間練習施設も完備している。さらに甲子園で実績を挙げた指導者、トレーナーなどが選手をきめ細かく指導している。
球数制限の導入もあって、複数の投手を整備する高校がほとんどだが、こうした有力私学では時速150キロの球速を出す投手が複数いることも珍しくない。
今の地方大会は、こうした有力私学と、試合に出るのが精いっぱいの連合チーム、弱小校が公式戦で対戦している。大会にはシード制があるからトップ校と連合チームがいきなり対戦する可能性は少ないが、それでも春季大会の成績などでシードを外れた有力校が、弱小チームと対戦することはしばしばある。
ある高校野球の審判は「実力差があまりにも大きい学校の試合は危険だ。有力校の選手の打球を避けることができない選手もいる。いつ体にボールが当たって大けがをする選手が出てもおかしくない」と懸念を口にする。
さらに言えば、昨今の酷暑についても格差がある。有力私学の選手たちは、連日炎天下で練習し、それが結果的に暑熱対策になっている(それでも試合出場による熱中症のリスクは高いが)。週に1回程度しか練習をしていない連合チームなどの弱小校が、いきなり酷暑のグラウンドで試合をするリスクの方は有力私学よりはるかに大きい。
地方大会の形骸化
甲子園のベンチにはエアコンが設置され、炎天下でもベンチ内は27度に保たれている。また効果について賛否はあるにせよクーリングタイムを設け、足がつった選手は理学療法士がマッサージなどの応急手当てをしている。
しかし地方大会の会場で、ベンチにエアコンが設置されている球場はほとんどない。地方でも医師や理学療法士は待機しているが、暑熱対策ができていない選手のリスクは非常に高いと言えよう。
こうした格差の拡大、さらには参加校数の減少によって、「形骸化」する地方大会も出始めた。
今夏の地方大会で参加校数が最少だったのは23の鳥取県と高知県だ。甲子園に出場した県立鳥取商と高知中央は、わずか4試合で甲子園出場を決めた。また、28校が参加した福井県でもシード校の北陸が4連勝で甲子園出場を決めた。全国最多の167校が出場した神奈川県大会では、慶應は7連勝しなければ甲子園に出られなかった。地域によって甲子園出場の難易度に差が出てきたのだ。
高知県では明徳義塾が過去10年(2013年~23年、2020年は中止)で8回夏の甲子園に出場、福島県では聖光学院が過去10年で9回出場している。両校ともに県内外から優秀な選手を集める有力私学だが、これらの高校は難易度の格差を利して、甲子園出場を寡占化していると言えよう。
部員の減少、環境の格差によって野球離れが進んでいるのは間違いない。この深刻な問題については、高校野球界だけでなく、日本野球全体が危機意識をもって対策すべきだと思う。
「やるスポーツ」と「観るスポーツ」は別物なのか
しかし、一方で野球関係者からは、こうした声も聞こえてくる。
「少子化で競技人口が減るのは仕方がない。競技人口が減っても甲子園やプロ野球にはそんなに影響がないだろう。大相撲は、競技人口がすごく少ないのに人気スポーツだ。『やるスポーツ』と『観るスポーツ』は別物なんだ。野球はこれから『観るスポーツ』になるんだよ」
それは甘い認識だ。日本の国技である相撲は、かつては高校の部活としても人気があった。今でも全国には校庭の片隅に土俵がある高校がたくさんあるが、昭和の時代は500以上の高校に相撲部がありインターハイを目指してしのぎを削っていた。
全国高体連のデータを見てみると、2005年に相撲部がある学校は全国に216校あり、総部員数は1408人だったが、令和5年度の発表では130校、763人となっている。約20年でほぼ半減した形だ。相撲部がある学校が1県に1校しかないエリアもある。
当然ながら高校から大相撲に進む人材も減少し、大相撲の力士数は1994年には943人だったのが、今は619人にまで減っている(※2)。新弟子の減少にも歯止めがかからない状況で、番付は短くなり、大相撲は外国人力士がいないと成立しない状態になっている。
国民的スポーツではなくなる
「相撲はもともと『観るスポーツ』で、競技人口が減っても関係ない」と話す大相撲関係者もいるが、いまの横綱、大関の名前をどれだけの人が知っているだろうか。競技人口の激減に伴い、大相撲そのものの人気も下落している。
かつてNHK大相撲中継は「鉄板」の視聴率を稼ぐと言われた。平成の若貴ブームの時代は平均視聴率20%超を連発していた。だが、現在の年間視聴率は一けた台だ。影響力は地に落ちたといえよう。
野球が大相撲同様、「観るスポーツ」になることはナショナルパスタイムの看板を外し、マイナースポーツ化の道を歩むことを意味している。
高野連は「弱小校」の現状を知るべき
野球界は高校以下の競技人口の減少に歯止めをかける努力をすべきだ。特に弱小チームにモチベーションを与えるべきだ。
秋になると筆者は高校野球のリーグ戦「Liga Agresiva」の取材で全国を歩いている。選手数が少なくとも、環境が悪くとも必死で試合機会を増やし、選手にモチベーションを与えようとする指導者をたくさん見てきた。Liga Agresivaでは、連合チームや弱小チームもリーグ戦を戦っているが、関係者の自主的な努力には限界がある。
例えば高野連は春夏秋の大会の前に前年未勝利のチームだけの大会を開催してもよいと思う。とにかく、弱小チームが野球をする機会を増やすべきだ。
さらに、有力私学の1学年の部員数に定員を設けるなどして、野球の実力格差を是正する取り組みも行うべきだ。
端的に言えば「へたくそでも野球が大好きな高校生」がたくさんいなければ、日本野球の未来はない。野球の「相撲化」を食い止めるためにも、強い学校ではなく、弱いが必死で頑張っている学校にこそ支援をすべきだ。
タイミング的には、地方大会がぎりぎりで維持できている今が、最後のチャンスではないか。